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仙台高等裁判所 平成6年(ネ)64号 判決 1999年3月31日

主文

控訴人らの本件各控訴及び当審における新たな請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

当裁判所も、控訴人らの本訴請求(ただし、本件原子力発電所二号機については、前記のとおり、原審における建設差止請求が当審において運転差止請求に交換的に変更されている。)は、いずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決「理由」欄に説示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の説示に対する訂正等)

別紙一記載のとおりである。

(補足的な判断)

以下に、原審口頭弁論終結後に生じた新たな事情や当審における新たな証拠調べの結果を踏まえ、特に重要と解される点について、必要な範囲内で補足的な判断を示す。なお、便宜上、当事者の主張に対する判断の体裁を採る部分が多いが、右の趣旨の限度で判示する関係上、その主張の全部について逐一言及するものではない。

第一  原子力発電所施設の危険性の判断手法について

一  環境リスク

控訴人らは、原子力発電所のように、一度大事故が起こると、質・量共に、他の種類の事故と比べ、けた違いに深刻な結果を招く場合には、いわゆる環境リスクの問題として、国家や法がそのリスクを防止する機能を発揮すべく、差止めの判断基準もこれを前提として設定されるべきである旨主張する。

確かに、原子力発電所の事故について、例えば、いわゆるシビアアクシデントのレベルのものを想定すると、その結果の深刻さはいうまでもないところである。しかし、原子力発電所の運転も、これに関する事故の発生の危険性も、法律的に評価するときは、結局、これを社会的かつ有限な事象としてとらえざるを得ないのであって、仮に、控訴人らの主張が原子力発電所の事故発生の具体的な危険性の有無を超えて、論理的ないし抽象的・潜在的なレベルでの危険性が少しでもあれば一切原子力発電所の建設・運転が許されないという判断基準を求めるものであれば、採用することができない。

もっとも、原子力発電所の危険性の有無を判断するに当たっては、原子力発電所の事故の深刻さという特殊性を念頭に置き、他の社会的な事故との比較においても、十分に安全側に立った慎重な認定・評価をする必要があるということは否定できない。

同様に、原子力発電所の事故の深刻さを前提として、原子力発電所の危険性と必要性の兼ね合いについてみると、当該原子力発電所が周囲の住民等に具体的な危険をもたらすおそれのある場合には、いかにその必要性が高くとも、その建設・運転が差し止められるべきことはいうまでもない。また、逆に、以上のような原子力発電所の特殊性にかんがみ、当該原子力発電所の必要性が著しく低いという場合には、これを理由としてその建設・運転の差止めが認められるべき余地があるものと解するのが相当である。

二  「多重防護思想」の問題性

控訴人らは、原子力発電所のような巨大システムは、多数の部品・機器・系統などの構成要素が複雑に絡み合い一つの機能を実現するものであり、その実用化は、個々の部品等の故障頻度の低下と相互作用の解明等による多重防護体制に依拠しているが、実用化ということは、事故の発生をゼロにすることではなく、経済的に成り立つ範囲で低下させるにすぎず、そこでいう多重防護思想も、反面では、発生確率は低いが起こり得る重大事故を切り捨てるものにほかならない旨主張する。

確かに、巨大システムにありがちな弱点、問題点は、控訴人ら指摘のとおりであるが、抽象的には甚大な危険を伴い得るシステムであっても、法的評価の場面において、社会観念上無視し得る危険の許容限度を想定することが可能かつ必要であることは原判決説示(原判決六四頁九行目から六七頁六行目まで)のとおりであり、その関係で、多重防護の考え方自体を否定することは相当ではない。

もっとも、原子力発電所の運転に従事する者としては、かかる多重防護のシステムも現実には万能ではないとの意識をもち、そのことを前提に、絶えず防護体制の改良・修正に意を用いるとともに、個々の場面・段階での対応に万全を期する必要があるというべきである。

三  試験による機能確認の問題性

控訴人らは、高度化されたシステムにおいては、細部の故障が全体に影響を及ぼす可能性があり、しかも、その故障は、必ずしも、事前の試験における「厳しい条件」下で生ずるとは限らないところ、それにもかかわらず、安全審査における解析により、設計が妥当で、安全性が確保し得ると安易に判断することは重大な誤りである旨主張する。

確かに、事前の試験条件は完全無欠ではあり得ない。しかし、想定外の事象が生じ得るとしても、問題は、その程度、態様であり、本件安全審査における試験条件の設定について検討しても、直ちに対応が困難で、かつ、容易に重大な結果に至る想定外の事象が生ずるとは考え難い。

四  安全審査の位置づけ

控訴人らは、安全審査の合理性や原子力委員会の組織・性格のみで原子力発電所の安全性が推認されるというのは不当であり、少なくとも、具体的な設計・施工の安全性は、安全審査とは別に被控訴人において立証されるべきである旨主張する。

確かに、安全審査によって確認されるのが直接的には基本設計レベルでの安全性にとどまるとの控訴人らの指摘は誤りではないが、当該安全審査の内容等により、具体的な設計施工の安全性が全体として推認される場合があるということまで否定されるべきではなく、本件の場合、かかる推認が働くと評価すべきことは原判決説示(原判決一一五頁二行目から一五〇頁末行まで)のとおりである。もっとも、原子力発電所における事故の重大性にかんがみれば、具体的な建設・運転段階における個々の問題性について、その頻度・程度などのいかんによっては、これを厳しく吟味すべき場合があることは当然であって、右のような推認が働くとはいっても、その推認の程度がそれほど高いものと解すべきではなく、当該原子力発電所や他の原子力発電所等(原子力関連施設を含む。以下同じ。)のトラブルや運転状況のいかんによって、右推認が覆される場合があることは別問題である。

第二  原子力発電所施設のシステムないし設備の危険性の有無について

一  原子力発電所一般の工事及び保守・点検上の問題性

控訴人らは、原子力発電所の工事の問題性について、大要、「<1> 建設の設計・施工と機器・配管の設計・施工が別々に行われ、食い違い、ずれが頻繁に起こる。<2> トラブルが生じた場合、現場で速やかに対応することができず、メーカーや役所とのやり取りを嫌って、少々のことは現場だけで処理してしまう。<3> 合理的な手順、整合性のとれた進行を無視した工事が行われる。<4> 遅れた工法、形式的で合理性のない工法を採用している。<5> 作業員は、特殊な免許がいらず、他方、煩雑で形式に走った書類、検査に縛られるので、熟練した職人が集まらない。」などの点を指摘し、「以上のようなことが重なり合って、機器・配管の弱化・損傷、特に、接合部の応力残り、不法溶接による破断のおそれ、熟練者では考えられないような施工不良・過誤、異物の残置などが生じ、また、これらの施行上の障害を適正にチェックできるかというと、実際のチェックは、工事業者が自ら選定した箇所(問題のない箇所)について行われ、電力会社や監督庁の検査は、そのごく一部について形式的に行われるにとどまり、その他、データの捏造や検査方法のトリックなどが駆使されるので、適正なチェックになりようがない。」旨主張する。

さらに、控訴人らは、原子力発電所の保守・点検の問題性についても、「<1> 作業環境(交替性で一貫・充実した作業ができない。防護装備により作業がしにくい。)や作業従業者の質(大量のしろうと的作業員を使用せざるを得ない。)において劣悪な条件がある。<2> 量的限界(すべての機器を対象とできない。)、技術的限界(すべての不具合を把握できない。)及び人間的限界(慣れ、思い込み、思考停止)を伴う。<3> 保守、点検作業が契機となって、かえって機器の不具合を生じてしまうことがある。現に、そのような事故がしばしば生じている。」旨主張する。

ところで、控訴人らは、以上の主張に関し、当審証人平井憲夫の証言を援用する(なお、甲第五〇一、第五〇二号証の内容もほぼ同証言に符合する。)。同証言の内容は、同証人が個々の専門的な知識を有しない部分が多いことなどに照らし、必ずしも全面的に信用し得る、若しくは、控訴人らの前記主張を根拠づけるものとはいい難い。しかし、その点を考慮に入れても、同証人の証言を総体としてみれば、原子力発電所の工事や保守・点検に共通する事柄として、控訴人らが指摘するような問題性が生じ得る要素があることは無下に否定できないといわざるを得ず、従前の各地の原子力発電所でのトラブル発生の内容、頻度、原因等にかんがみても、今後とも、全国の原子力発電所におけるこの種の問題性がすべてにわたって簡単に解消するとは考えにくい。

しかし、基本的には、一般的な原子力発電所の工事及び保守・点検上、右のような種々の問題があり得るからといって、そのことだけから、直ちに、本件原子力発電所の運転上、具体的な危険を招来する故障・不具合が生じ得ると推認することはできず、さらに、同原子力発電所における個別的な危険要素が存するか否かが検討されなければならない。

二  制御棒の複数不作動の問題性

控訴人らは、平成九年一〇月二三日に発現した敦賀原子力発電所一号機の制御棒故障(以下「敦賀事象」という。)及び同年一二月五日に発現した福島第二原子力発電所一号機の制御棒故障(以下「福島事象」という。)により、制御棒が同時に二本以上作動しない事態があり得ることが明らかとなったところ、制御棒は、核暴走に対する歯止めとして設置されているものであり、これが機能しないということは、シビアアクシデントの可能性があるということであるにもかかわらず、本件原子力発電所の安全審査では、複数の制御棒の故障・不挿入を条件とした解析・検討は一切されていないから、安全性が確認されたとは到底いえず、右安全審査に依拠して本件原子力発電所の安全性を肯定した原判決もその根拠を失う旨主張する。

確かに、敦賀事象及び福島事象は、原子力発電所の安全性を考える上において無視し難い問題を含むと解されるところ、《証拠略》によれば、その内容は、大要次のとおりであることが認められる。

1 敦賀事象

定格出力で運転を継続しながらの制御棒駆動系の試験中、七三本ある制御棒のうちの一本が作動しなくなった。調査の結果、当該制御棒の四枚のブレードのうちの一枚が多数の割れを生ずるとともに数箇所で最大幅約三〇ミリメートルまで膨張変形した(正常の厚さは約八ミリメートル)ため、約一九ミリメートル間隔で設置された燃料集合体チャンネルボックスと干渉し合い、作動できなくなったことが判明した。なお、他の同型(スウェーデンのアセア・ブラウン・オベリ社製。以下「ABB社製」という。)の制御棒も点検したところ、八本のうち一本に多数の微小な割れが確認された。

ちなみに、同発電所を経営する日本原子力発電株式会社は、右のとおり制御棒一本の不作動が確認された際、原子炉安全上問題がないことを評価・確認したとの理由で、原子炉の運転を継続したまま原因を追究したが判明せず、右制御棒の不作動が確認されてから約一日余り経過した後に原子炉の手動停止に着手した。

2 福島事象

同発電所では、1の事象後に、事態を重くみた通商産業省資源エネルギー庁からの指示(平成九年一一月七日)もあって、ABB社製の制御棒の作動確認試験を実施した。ところが、その一か月足らず後の同年一二月五日、運転を継続しながらの制御棒パターンの調整中、一八五本の制御棒のうちの一本が挿入状態から引き抜けなくなっていることが判明したため、原子炉を手動で停止した。

調査の結果、1の事象と同様、ABB社製の制御棒のブレードの一部に膨張変形が見られ、これが原因となって制御棒の作動が阻害されたことが確認された。

《証拠略》によれば、右1、2の双方の事象において共通の原因となった制御棒のブレードの膨張変形は、そもそもは制御棒を製造する際に局部的に生じた加工ひずみや残留応力(外力除去後に残存する変形による力の作用)に起因する応力腐食割れの発生が発端となっていることが認められ、当該ABB社製の制御棒の製造工程自体に問題があったというべく、他社製の制御棒に同様の、あるいは、類似した問題があるとは直ちにいうことができない。

しかし、実は、原子力発電所の安全性の根幹を構成する制御棒の信頼性にかかわる問題であり、しかも、偶発的に単一の制御棒に欠陥・劣化が生じたのとは性質が異なるのであって、右のような製造段階での基本的な問題を事前の検査でも、時々の点検でもチェックできないまま、この種の制御棒を多数本継続して実際の原子炉で使用する結果となった事態(《証拠略》によれば、ABB社製の制御棒は、各地の原子力発電所において平成四年から導入されていたことが認められる。)は、被控訴人をはじめとする原子力発電所関係機関において、殊の外重く受け止めるべきである。そして、今後、かかる事態を防止するためには、もちろん、個々の制御棒の作動確認を日ごろから綿密に行うことは大切ではあるが、しかし、スクラムを掛けるべき緊急事態は突然に発生するのであり、右1及び2の各事象の経過にかんがみても、事前の製品チェック(構造上の欠陥及び個々の製品の欠陥を見逃さないこと)をより十全なものにする対策が特に必要と解される。

また、敦賀事象においては、前記のような理由で、制御棒の不作動が確認された後も一日余りにわたり、そのまま運転が継続されたが、このような運転方法には多大の疑問を禁じ得ない。少なくとも、十分な安全余裕をもった運転を目指すというのであれば、当然、他の制御棒にも万一問題がないかと疑ってかかることが必要であり(ただし、このような考え方をすべての設備・部品の不具合の場合に採るべきであるという趣旨ではない。)、その場合には、必然的に、原子炉をいったん停止して、すべての制御棒の点検を行うという方向性が正しいということになる。これに関連して、被控訴人の「女川原子力発電所原子炉施設保安規定」三三条で定められている、一本の制御棒が不作動となったときでも、停止余裕を評価、確認できれば運転継続が許されるとする運転方法も、これをそのまま受け取る限りにおいては、否定的に解さざるを得ない(被控訴人において、特に具体的な理由づけによって安全が確認できるとの説明がされれば別問題であるが、少なくとも、本訴において、被控訴人から、そのような説明はされていない。)。

以上のとおり、敦賀事象及び福島事象をめぐっては、種々の問題を指摘することができるが、しかし、前示のとおり、これらの事象により、本件原子力発電所に使用されている制御棒の構造・機能に欠陥があると推認することはできず、他に、かかる事実をうかがわせる事情は認められない(本件原子力発電所で制御棒自体の不具合が生じた例はない。)から、本件原子力発電所の制御棒について安全性に欠けるところはないというべきである。

なお、控訴人らは、制御棒の複数本の同時不作動を想定していない安全審査の方法自体が不当である旨主張するが、基本設計段階での安全審査においては、一つの定型的な厳しい条件づけとして、制御棒一本の不作動を想定しているのであり、あらゆる個々的な機器の不具合を最大限考慮することまで要求されるとはいい難い(個々の制御棒の安全性のチェックをどのように行うべきかの問題、あるいは、現に一本の制御棒の不作動が判明した場合に要求される具体的な運転方法の問題とは異なる。)。

三  高燃焼度8×8燃料の問題性

控訴人らは、従来の燃料よりウラン二三五の濃縮度を上げた高燃焼度8×8燃料の導入は、経済性や使用済燃料の増加抑制を優先させ、本来の原子炉特性を危険側にシフトさせたもので、新たな防御システムによりかろうじて安全を保つようになっているものの、もともとの危険要素を低からしめるべきであるとする多重防護思想に反するものである旨主張する。

しかし、《証拠略》によれば、右高燃焼度8×8燃料では、ウラン二三五の濃縮度を上げた分だけ中性子を吸収するガドリニア(ガドリニウム)の量も増加させて、従来の燃料と比較し、核反応の進行速度は変わらないように配慮していることが認められるから、右燃料の変更は、控訴人らの主張するように、原子炉特性を危険側にシフトさせたものと評価することはできない。

四  その他

前示のとおり、本件原子力発電所のシステムないし設備・部品が多重防護や安全性余裕を覆して、控訴人らに影響を及ぼし得るほどの問題性を有するといえるかどうかは、一次的には、実際の本件原子力発電所における設備・部品の状況いかんによっているといわざるを得ない。控訴人らの当審検証における指示説明や当審証人平井憲夫が証言中でこれを補足する部分は、かかる本件原子力発電所の設備・部品の問題性を指摘しようとするものであるが、その内容等に基づいて検討してみても、本件原子力発電所における具体的な設備・部品の状況が、右の意味で原子力発電所全体の安全を損なうような問題性を有するものとはうかがわれない(もっとも、例えば、二号機の再循環ポンプ点検用架台脚部のずれなどは、たとえそのこと自体は原子力発電所の運転上危険を生じさせるものではないとしても、一般的な施工上の安全性に対する姿勢、意識の面で問題を残すものといわなければならない。)。

第三  原子力発電所の立地条件に関する危険性の有無について

一  地震関係

1 各種予測値、計算式の信頼性

控訴人らは、本件における基準地震動の設定に関し、「河角マップ」、「大築分布図」、「金井期待値」及び「金井式」とこれを前提とする「大崎の方法」は、いずれも、その予測数値が現実に発生した地震の規模と合わず(兵庫県南部地震を含め、予測を超える地震が数多く生じている。)、ある地点での地震予測や基準地震動設定の客観的な資料・根拠とはなり得ない旨主張する。

しかし、まず、「河角マップ」、「大築分布図」、「金井期待値」は、原判決の説示(原判決三三六頁六行目から三三七頁九行目まで、三六〇頁八行目から三六一頁三行目まで)からもうかがわれるとおり、基準地震動設定に関する種々の検討ないし参考資料の一部と位置づけられるものであり、これらの資料のすべてについて高度の信頼性がなければ、結論的な被控訴人の基準地震動の設定が正当でなくなるという関係にはない。

また、「金井式」についても、原判決説示(原判決三五九頁一一行目から三六〇頁七行目まで)のとおり、地震規模(マグニチュード。以下「M」と略記する。)と電源との距離から岩盤上の最大加速度を求める手法として、多数の経験的な知見に基づいて生み出されたもので、実際の地震動による数値とも良く整合し、他に有力な計算方法もないことから、広く地震動の予測・検討に用いられてきたものであり、したがって、右「金井式」及びこれを前提とする「大崎の方法」は、基本的にその信頼性を肯定し得るものというべきである。もっとも、(1) 震源が極めて近い場合、(2) 震源が深く、規模が比較的小さい場合には、大崎の方法により求められた数値より大きめの加速度値を示すことがあるとされているが、このうち、(1)については、断層モデルを用いて求められる数値をも併せて考慮することにより修正を図り得るものとされており、(2)については、その規模からして、少なくとも、原子力発電所の建物に影響を及ぼす地震動を生ずる場合ではないと解されるから、右(1)(2)の場合に大崎の方法がそのまま妥当しないとしても、そのことによって、基準地震動を設定する上での同方法の一般的な有効性・信頼性が減じられるものとはいえない。この点に関連して、控訴人らは、特に、兵庫県南部地震の際、震源付近の岩盤上で計測された最大加速度値が大崎の方法による計算値を大幅に上回ったとして、そのことを大崎の方法が信頼できない大きな根拠として挙げている。しかし、《証拠略》によれば、かかる計測値が生じた地点は、いずれも岩盤上の地点ではないので、表層地盤の増幅などの影響が考えられる(神戸大学地下トンネル内の測定点も、直下に約一・三メートルの埋戻土又は表層土及び約四一メートルの風化された花崗岩の存する地点である。)こと、なお、同地震においても、岩盤地域やその至近地域では地震動が相対的に小さく、岩盤地域ではない被害集中地域で地震動が大きく増幅されたとの指摘がされている(ちなみに、同様の例は、《証拠略》の記載の中にも見られる。)ことが認められ、これらの点に照らして、同地震による計測値をもって、大崎の方法を否定する根拠とすることはできないというべきである。

2 断層の評価

(一) 控訴人らは、本来、活断層とは、「新生代第四紀の間に動いたことのある断層」を指し、実際にも、数万年から数十万年の再来周期で活動したと認められる断層が存在するのに、被控訴人が五万年前以降の活動が認められない断層は原子力発電所建設上問題とすべきでないとすることには合理的な根拠が全くない旨主張する。

しかし、原子力発電所に十分な安全性があるか否かは、その危険が社会観念上無視し得るほどに小さいかどうかを基準とすべきであることは前示のとおりであり、どの程度過去にさかのぼって活動歴のある断層を考慮の対象とすべきかという問題も、右の基準で判断すべき一事項というべく、その考慮対象選定の当否は、必ずしも、学術上の「活断層」の定義による必要はなく、当該考慮対象の選定が社会的にみて相当性・合理性を有するかどうかによるというべきである。そして、被控訴人が基準とするおおむね五万年前までに活動歴のある断層を評価の対象とする方法は、実際に歴史時代に入ってから、日本国内で五万年を大幅に超える再来期間で大地震が起こったと認めるべき資料がないことなどにかんがみても、社会的にみて相当性・合理性があると認められる。

(二) 控訴人らは、本件原子力発電所の敷地内を通るTF-1断層が五万年前以降動いていないかどうかは不明である旨主張するが、原判決説示(原判決三四八頁八行目から三四九頁七行目まで)のとおり、同断層が五万年前以降動いていないと解することには十分な根拠があるというべきである。

(三) 控訴人らは、本件原子力発電所東方の海底断層について、(1) F-6ないしF-9の各断層が深部でつながっているか、連動して地震を生ずる可能性がある旨、(2) これらの断層以外にも、付近に未確認の断層が存在する可能性がある旨主張する。

しかし、まず、(1)については、控訴人らが指摘するような断層のつながりや連動性が生ずる可能性が一般的に否定されるものではないが、本件の右F-6ないしF-9の各断層との関係でかかる可能性を推測させる具体的な徴ひょうたる事実は認められない。また、(2)についても、具体的に新たな活動性のある断層が発見されたというのでない限り、安全評価の見直しを図る必要性はないというべきである。もっとも、《証拠略》によれば、平成六年五月に行われた本件原子力発電所三号機の設置許可申請に際し、海底断層の再調査を実施したところ、従来検討の対象となっていなかった「F-15断層」について、新たにその影響を評価すべきものと判断されたことが認められるが、他方、《証拠略》によれば、「右F-15断層」を考慮に入れても、設計用限界地震の基準地震動は、結局、従来と同内容のものが相当であるとの結論に達したことが認められるところ、同号証の内容等によれば、右の結論は合理性があるものというべきであるから、この点は、本件の判断に影響を及ぼすものではないというべきである。

(四) 控訴人らは、本件原子力発電所周辺の陸域についても、地表に現れていないか、未発見の活断層が存在する可能性を否定できず、被控訴人の調査は、その範囲、方法等において不十分である旨主張する。

しかし、この点も、単に、他の地域で地表の断層を伴わない地震が生じたという事実だけをもって、本件原子力発電所周辺の地域においても同様の地震が発生し得ると解することには合理的・具体的な根拠がないといわざるを得ない。また、被控訴人の調査の内容等は原判決説示(原判決三一六頁四行目から三一七頁二行目まで、三四一頁一〇行目から三四九頁七行目まで)のとおりであり、調査の範囲・方法等において不十分な点があるとは認め難い。

3 直下型地震の評価

控訴人らは、耐震設計審査指針では、設計用限界地震の基準地震動を決定する際、すべての原子力発電所において、直下型地震としてM六・五の地震を考慮するよう求めており、本件安全審査もこれにのっとっているが、地表に断層が現れずにM六・五を超える直下型地震が発生した例があり、本件原子力発電所でも、同様のM六・五を超える直下型地震を引き起こす伏在断層が存在する可能性があるから、本件安全審査の地震の想定は不十分である旨主張する。

確かに、控訴人ら主張のとおり、最近(平成一〇年一月)の新聞紙上で、過去に地表に断層が現れることなくM六・五を超える直下型地震(ただし、内陸の直下型地震の例)が発生しているとの指摘と、これを踏まえると、原子力発電所の耐震設計上、M六・八ないし七・一程度の直下型地震を想定すべきであるとの意見が紹介されている。しかし、証拠上、本件原子力発電所付近で、過去にM六・五ないしこれに近い規模の直下型地震が発生した事実は認められず、また、その他、本件原子力発電所付近において、大規模な直下型地震が生じやすいと考えられる地形・地質等の指摘がされたという事実も認め難い(ちなみに、右新聞紙上で紹介されているのも、内陸の直下型地震についてである。)のであって、このような地域においても、一律に、他の地域で発生した直下型地震の規模を考慮に入れるべきであるとするのは相当とはいえない。

4 プレート内部地震の評価

控訴人らは、プレート内部で発生した釧路沖地震(平成五年一月、M七・八)の例を引き、設計用限界地震の想定について、プレート境界付近の大地震だけでなく、プレート内部の大地震も考慮に入れるべきである旨主張する。

しかし、過去のプレート(ここでは、太平洋プレート)内部での地震の発生状況をみると、確かに、北海道地方では、プレート内部での大地震が時々生じているが、東北地方では、プレート内部での大地震が生じていないことが認められ、したがって、本件安全審査において、プレート内部の大地震を想定していないことが不当であるとはいえない。

5 鉛直方向の地震力の評価

控訴人らは、原子力発電所の耐震設計では、鉛直方向の地震力について、水平方向の地震力の二分の一を組み合わせることにしているが、兵庫県南部地震においては、上下動が水平動の二分の一の値をはるかに超えた地点が多く現れており、右耐震設計における前提は合理性がない旨主張する。

確かに、兵庫県南部地震では、上下動が水平動の二分の一の値を超えた観測地点が少なくなかったので、これに基づき、原子力安全委員会では、同地震を契機とした安全審査の見直しの一環として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」における鉛直方向の地震力の評価が適切かどうかを再検討したことが認められる。しかし、その検討結果によれば、同委員会は、(1) 同地震による構造物の被害の主たる原因は大きな水平動であると考えられること、(2) 同地震において、上下動が水平動を上回る結果が観測された地点は、軟弱な地盤の箇所が多く、埋立地盤の記録から、いわゆる非線形性(力と変形が比例しない性状)の影響により上下動と水平動の値にアンバランスが生じたとの指摘がされていること、(3) 同地震の水平動の最大加速度の発生時刻における上下動の最大加速度は、平均して、同時刻の水平動の一〇パーセント程度(最大で三〇パーセント程度)であること、(4) 原子炉施設は、その構造から全体的にみて上下方向には特に剛性の高い(変形を起こしにくい)構造となっており、上下動が原子炉施設の耐震安全性に与える影響は相対的に小さいものとみることができることなどを総合して、右審査指針における従前の鉛直方向の地震力の評価方法を特に変更すべき理由はないとの結論に達したことが認められ、その結論づけは、少なくとも総体的な判断として合理性があるというべきである。また、そもそも、前示のとおり、本件原子力発電所付近において、兵庫県南部地震に匹敵するような大きな直下型地震が発生する具体的な徴候が全くないことに照らしても、兵庫県南部地震における上下動の測定結果から、本件原子力発電所の耐震設計における鉛直方向の地震力の評価方法を非難するのは当たらないというべきである。

6 耐震強度のクラス分けに関する問題性

控訴人らは、基準地震動S2に対し、ASクラスの機器・配管の「多少の変形・破損等」は許容されているが、ASクラスの機器・配管の変形・破損はLOCAを招き、かつ、ECCS系はAクラスの機器にすぎない(一号機では、再循環系配管等もAクラスにとどまる。)から、S2の地震動により当然破損し、炉心溶融は不可避となる旨主張する。

しかし、ASクラスの機器・配管の「多少の変形・破損等」とは、その趣旨からしても、原子炉容器の機能や安全性に関して、少なくとも、重大な支障を生じない程度のものを指すと解されるから、基準地震動S2に対しても、LOCAの事態が生ずるとは考えられない。また、仮に、そのような事態が生じたとしても、一号機については、ほうさん水注入系が、また、二号機については、高圧炉心スプレイ系がASクラスに属するから、最低限、炉心を冷却させるシステムは確保されているというべきである。

7 設備の欠陥、劣化の問題性

控訴人らは、被控訴人の耐震設計では、老朽化や手抜き工事等に起因する設備の欠陥や劣化が存在する可能性を考慮に入れておらず、したがって、原子炉等が大地震に対して被控訴人の想定しているような強度をもち得ないおそれが十分ある旨主張する。

これに対し、被控訴人は、個々の設備の欠陥や劣化に関しては、設計・建設・運転の各段階を通じて、継続的かつ十分な点検・確認がされるから、仮にそのような欠陥・劣化が存する場合であっても、事前にその危険性を除去し得るものであって、問題がない旨主張する。

確かに、基本的には、被控訴人において予定しているような点検・確認等が円滑に実施されている限りでは、設備の欠陥が存し、劣化が生ずる場合であっても、これを把握して可及的速やかにその危険性を除去すべく適切な対処をすることは可能と考えられる。

ただし、大地震の地震動が原子力発電所設備に及ぼす作用の特殊性に対しては、十分な配慮が必要と解される。すなわち、通常の状態では、仮に一つの設備・部品に欠陥が存し、劣化が生ずる場合でも、何らの徴候もなく、一気に欠陥・劣化が発展して大きな支障が生ずることはまれであり、軽度の欠陥・劣化の段階でまず何らかの徴候が表れるから、これを見逃さずに対応をとれば、その欠陥・劣化が大きくなるのを未然に防ぐことが困難とはいえない。これに対し、一定の点検時期に関係なく、いつ襲来するとも限らない地震動が作用する場合には、いまだ表面化していない内部的な微小な問題箇所が一気に大きな欠陥・劣化に発展する要素をはらむことを否定し難く、したがって、これに対する対処も困難性を伴うといえる。しかも、地震動は原子力発電所施設全体に等しく作用する性質上、かかる問題の発現が複数の箇所で同時に生ずる可能性も通常の場合よりは大きいといわざるを得ない。これらの点は、被控訴人においても意識していないとはうかがわれないし、個々の設備の強度については、全般的にかなりの安全余裕をみて設計・施工されていると認められるから、多重防護機能が全体として確保されている限りにおいて、この点を直ちに本件原子力発電所の安全性を否定する事情とまでいうことはできないが、特に原子炉自体の安全性に直結する設備に関しては、なお一層、念には念を入れた点検・確認の体制がとられることが望ましいというべきである。

8 地震時の原子炉内挙動の問題性

(一) 控訴人らは、BWRでは、地震により原子炉内のボイドがつぶれ、核反応が急激に増加するが、これにスクラムが追いつかず、原子炉が制御不能に陥る危険があり、しかも、かかるボイドのつぶれによる出力の急上昇については、耐震設計上考慮されていない旨主張する。

しかも、そもそも、地震動の作用そのものによって原子炉内のボイドが急激につぶれるという点についての客観的な裏付けや理論的な根拠は示されていない。かえって、地震動の作用かどうかはともかく、原子炉内で考えられる種々の条件変化によるボイドつぶれの事態を想定してみても、定量的には、反応度事故を起こす危険のあるような急激な出力上昇は到底起こり得ないとの指摘がされている。控訴人らは、平成五年一一月二七日に発生した地震により本件原子力発電所一号機において生じた出力上昇をその例に挙げるもののようであるが、後記第四の一2(一)記載のとおり、右出力上昇の主因は、事後的に、燃料集合体の間隔変化によることが判明しており、右原因調査に付随して行われたBWRを想定した再現実験等の結果によると、設計用限界地震程度の揺れでは、出力上昇につながるようなボイドのつぶれや移動は生じないことが確認されている。

(二) 控訴人らは、仮に大地震の際スクラム信号が出たとしても、実際に制御棒が挿入されるのは、主要動に入った一番揺れの激しい時期であり、チャンネルボックスと制御棒がぶつかり合い、損傷して、スクラムが不可能になってしまうことが容易に想像できる旨主張する。

しかし、BWRの制御棒及び制御棒駆動機構等の機器を対象とする模擬地震動による実験により、水平方向一三六二ガル、上下方向二六四ガルの振動(本件原子力発電所における設計用基準地震動S2を大幅に上回る値である。)下において、制御棒が支障なく炉内に挿入されることが実証されており、控訴人らが指摘するような事態は起こり得ないというべきである。

二  地盤関係

1 岩盤の良否

控訴人らは、本件原子力発電所周辺の基礎岩盤は、地質年代的には古いが、その後の地殻変動を受け、ひび割れが多く、劣化してもろくなっているのに、被控訴人は、岩盤分類上の評価について、甘い基準によっているばかりでなく、種々意図的に評価を操作し、いかにも「硬く良好な地盤」のように取り繕っている旨主張する。

しかし、本件原子力発電所敷地の岩盤が全体として十分な支持力を有すること、なお、これに関する岩盤分類が甘い基準によっており、あるいは、意図的な評価操作を加えられているとは解されないことは、原判決説示(原判決三五〇頁六行目から三五六頁末行まで)のとおりである。控訴人らは、本件原子力発電所の設置許可申請書類に記載されている「CM、CL」等の表記やRQDの値を軽視することの不当性を強調するが、調査・検討の過程で、ある表記・数値を資料として掲げることと、最終的な総合判断において、具体的な事情の下に、どの要素をどの程度重視するかとは、別の次元の問題であり、そのような観点からしても、被控訴人の結論的な岩盤分類の評価について不当と思われる点は見いだし難い。

2 断層破砕帯の影響

控訴人らは、断層破砕帯の部分が弱いことは被控訴人も認めており、十分な基礎処理が必要とされているが、その基礎処理は、表面のみであり、しかも、処理が厳密にされたかどうかは分からず、断層破砕帯が「局所的」であるという点についても、何が局所的かという基準はない旨主張する。

しかし、破砕帯部分が本件原子力発電所の建物敷地全体の中で占める面積が僅少であることは疑いがなく(原判決三五一頁九行目ないし一一行目、三五五頁末行ないし三五六頁四行目)、破砕帯部分に対する基礎処理も特段困難を伴う作業とはうかがわれないから、破砕帯の存することが地盤の支持力に有意な影響を及ぼすものとは考えられない。

3 支持力の程度

控訴人らは、本件原子力発電所一、二号機は、それぞれ七〇〇T/平方メートルないし一四〇〇T/平方メートル以上の極限支持力があるとされているが、この値は、岩盤分類上の各級の平均的な部分のそれというのであり、破砕帯部分及び特に不良な岩盤部分であるCM級のうちのCL級に近い部分やCL級部分を除いた値であって、到底右のような数値どおりの支持力があるとは考えられない旨主張する。

しかし、基本的には、原子力発電所建物の底地部分の岩盤全体で建物を支持するのであるから、特に弱い部分の面積が広かったり、一方に偏っていたりする場合でない限り、被控訴人が採用した、平均的な地点を複数選定し、その値の最低値を基準にするという手法は、相当な方法であるというべきである。

4 サンドイッチ地盤の危険性

控訴人らは、本件原子力発電所敷地は、岩盤の違う層が斜めに重なった不均質なサンドイッチ地盤であるところ、地盤が不均質であると、地盤の揺れが地質ごとに異なり、また、地震波の増幅が行われ、特に大きな建築物については、深刻な被害が生じた例があり、本件原子力発電所建物もかかる危険性を有する旨主張する。

しかし、《証拠略》によれば、地震により建物に大きな被害が生ずるかどうかは、地盤自体が軟弱であること、建物の構造に欠陥があることなどの要素に負うところが大であると認められ、地盤が不均質であることが直ちに地震による建物への影響を大きくするものとは認め難い。

三  津波関係

控訴人らは、本件原子力発電所のある三陸海岸一帯では、過去に波高数十メートルの津波が押し寄せた例があり、また、国が設置した「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査委員会」の「津波数値解析結果」によれば、三陸沖で発生するM八・五の地震により牡鹿町に約二五メートルの波高の津波が押し寄せると予測されており、したがって、O.P.(本件原子力発電所工事用基準面)一四メートルの敷地にある本件原子力発電所が大地震による津波の襲来を受けないという保証はない旨主張する。

しかし、一つの地震による津波であっても、場所によって津波の波高が著しく異なることはいうまでもなく、三陸海岸一帯で過去に生じた津波の波高をもって、本件原子力発電所の敷地に襲来する津波の波高を予測することが相当でないことは明らかである。また、《証拠略》によれば、控訴人ら主張のとおり、平成九年八月、右委員会において、牡鹿町に約二五メートルの波高の津波が押し寄せるとの予測結果がまとめられたことが認められるが、同書証は、右の点に触れた簡単な新聞記事であって、原判決説示(原判決三六三頁末行から三六四頁六行目まで)のとおり、過去三陸地方で最大波高二〇ないし三〇メートルの津波が襲来した場合でも、牡鹿町での津波の波高がせいぜい五メートル強にすぎなかった(ちなみに、右委員会の予測結果として、他の三陸地方に、牡鹿町に襲来するという約二五メートルの波高をはるかに超える津波が襲来するといった言及はされていない。)こととの対比において、少なくとも、どの程度の現実性と合理性を有するレベルでの予測結果であるかにわかに判断し難く、現時点においては、この予測結果だけを根拠として、被控訴人が想定する本件原子力発電所敷地における津波の最大波高(O.P.九・一メートル)が相当でないとすることはできないというべきである(もっとも、今後、右予測の根拠等がより具体的に明らかにされた場合に、被控訴人側において、新たな対応を迫られる場合があり得ることまで否定するものではない。)。

また、控訴人らは、津波が襲来する前の引き潮によって、海水位が原子力発電所の取水口より低くなると、冷却用の海水を取水することができなくなり、炉心溶融に至る危険性がある旨主張する。

しかし、《証拠略》によれば、引き潮の程度が大きかったチリ地震津波の際にも、潮位が本件原子力発電所の取水口(水深四メートル程度)のレベルより下がることはなかったことが認められるから、最大規模の津波が襲来したとしても、本件原子力発電所における取水が不可能な事態が生ずるとは考えにくい。また、たとえ、一時的に取水が困難になったとしても、《証拠略》によれば、かかる事態が生じた場合には直ちに原子炉を停止することになっているので、運転上の冷却水の必要はなくなり、原子炉停止後の残留熱の除去についても、取水路や海水ポンプ室などに、右残留熱の除去に必要な冷却水の容量を確保できるようにしていることが認められるから、かかる事態によって原子炉の炉心溶融等冷却水の欠乏を原因とする事故が生ずるおそれはないというべきである。

第四  原子力発電所のトラブルについて

一  本件原子力発電所のトラブル

1 原審口頭弁論終結前のトラブル(補充)

控訴人らは、昭和六〇年三月一八日に発現した高圧注水系タービン排気ダイアフラム損傷時、被控訴人が原子力発電所の運転を継続したまま高圧注水系を停止してダイアフラムを交換したことは、多重防護システムを自ら放棄するに等しい危険な運転方法である旨主張するが、この点に対する当裁判所の判断は、基本的には原判決説示(原判決五〇六頁五行目から五〇八頁末行まで)のとおりである。

もっとも、原判決も指摘するとおり、右のような被控訴人の運転方法は、安全性を最優先させる立場からすれば、決して望ましいものとはいえず、むしろ、今後の運転方法の問題としては、少なくとも、右のように一つの独立した安全系内の機器について交換を要すべき事態が生じた場合には、その交換に要する時間が極めて短くて済む等特段の事情がない限り、原則として、運転を停止して作業を行うことがむしろ原子力発電所の安全性に対する客観的・社会的信頼性を確保する上で重要であるというべきである。

けだし、右の場合を例に採れば、高圧注水系を停止しても、これを補完する低圧注水系及びスプレイ系等の機能が健全であることが確認されていれば、直ちに原子力発電所の運転上具体的な危険が生じないことは被控訴人主張のとおりであるが、右の確認が「常時」という時間的レベルで行われるわけではなく、他方、確認と次の確認との間に、他の系に万一急激な不具合が生ずること、若しくは、地震等の別のトラブルが重なって同様に他の系に影響が生ずることは、原子力発電所の危険性の大きさとの比較において、無視し得るほどに稀な事態であるとは言い切れないのであり、やはり「多重防護」の本来的意義に立ち返ってみれば、少なくとも、被控訴人において、もともと前提としている多重防護の「多重」性については、どのような場合においても、極力これを確保する方向で対応をとる方が一貫していると考えられるからである。

2 原審口頭弁論終結後のトラブル

原審の口頭弁論終結後に本件原子力発電所において生じた事象のうち、原子炉の停止(自動停止若しくは手動停止)に至ったものの経過の概要、原因及び被控訴人の対応等とこれに関する問題点の有無は次のとおりである。

(一) 地震に伴う中性子束高高による自動停止事象(新事象<1>)

平成五年一一月二七日午後三時一〇分ころ、宮城県北部で発生した地震(M五・九)に伴い、定格出力で運転していた一号機の原子炉が中性子束(中性子の挙動が集団としてもつ効果を表す量)を計測する平均出力領域モニタ(なお、各モニタとその計測範囲等については、被控訴人の最終・別冊五二頁図7-3参照)の高信号により自動停止した。同信号の発信は誤作動ではなく、実際に原子炉の出力が上昇したと考えられるが、当初、その原因は明らかでなく、その後の再現実験などを加えた検討の結果により、地震の震動による燃料集合体の間隔変化が主因と判明した。被控訴人では、事象後、局部出力領域モニタの数を増加させたが、直接的な出力上昇の防止策的なものは実施していない。

控訴人らは、同事象について、当初出力上昇の原因が不明であったにもかかわらず、そのまま運転を再開したことは、多重防護における異常状態の事前防止原則、個別最善原則に反するし、また、原因が推定された後も何ら対策が講じられていない旨主張する。

まず、同事象発生後に原子力安全委員会に送付された資料内容等をみると、地震動に伴う原子炉内の中性子束の変動について再現実験及びその解析を行った結果等によれば、各地のBWRについていわゆる設計用限界地震を想定した場合、最大の中性子束上昇が生じたケースは、表面熱流束最大値で、一〇六%(原子炉設置許可申請書における過渡解析最大値は一二〇ないし一二二%)、△MCPRで〇・〇七(同じく過渡解析最大値は〇・二一ないし〇・三〇)で、いずれも、関係審査指針や原子炉設置許可申請書における過渡解析結果に照らしても、十分な安全性を有する(問題のある出力上昇を生じない)と判断されたことが認められる。したがって、現時点においては、各地のBWR型原子力発電所において想定される地震動によって原子炉内の中性子束の危険な上昇が生ずる可能性は否定されたというべきである。

もっとも、このことは、後の検討によって判明した事柄であって、同事象が発生した直後に、被控訴人が中性子束の上昇の原因が不明のまま運転を再開したことに問題がなかったかどうかは、一応、別に検討すべき事柄というべきである。けだし、今後、同様の原因不明の事象により運転上のトラブルが生じた場合の対応の仕方に影響が生ずる事柄だからである。この点、被控訴人は、当該地震後、施設やシステムに異常がないことを確認した上で運転を再開したから問題がない旨主張するが、少なくとも、事はともかくも原子炉出力の予期しない上昇によってスクラムが掛かった事象なのであるから、仮に、結局は原因が判明しないまま運転を再開せざるを得なかったとしても、今少し慎重に各方面からの情報を収集するとか、監督行政庁等との協議を経て出力上昇の程度が危険を伴うものではないことだけは確認を試みるとかの安全側に徹した姿勢・意識が望まれるのではないかとの感を免れ難い。ちなみに、本件原子力発電所と同型のBWR型原子力発電所である福島第一原子力発電所一、三、五号機においても、昭和六二年に同様の地震動によるスクラム事象が生じていたのであって、それにもかかわらずその原因解明が今回の本件原子力発電所における平成五年の事象発現まで全く行われてこなかったということについても、一次的には、右福島第一原子力発電所や国側の姿勢・意識の問題ではあろうが、被控訴人としても、少なからぬ問題点として銘記すべきである。

なお、地震動による中性子束の上昇は、チャンネルファスナのばね押付力を増加させることにより回避することができるが、さきに説示したところに照らし、かかる対応策は、地震動による中性子束の上昇に危険が伴うからではなく、不必要なスクラムを避けるためのものであるから、かかる対応策が解明した後、被控訴人が速かにこれを実施に移す意向がないとしても、そのこと自体は、何ら本件原子力発電所の安全性には関係のない事柄というべきである。

(二) 給水ポンプの逆回転による手動停止事象(新事象<2>)

平成五年一二月一日、右(一)のとおり自動停止した一号機において、運転を再開するため原子炉を昇圧していた際、原子炉の給水ポンプを起動したところ、運転員が停止中の別の給水ポンプに逆回転を認めたため、翌二日午前六時二九分、原子炉を手動停止した。被控訴人の調査によると、原因は、逆回転したポンプの吐出逆止弁の弁体のロックナットの締め付けが不十分であったため、給水の脈動の影響により当該締め付け部分の磨耗が進み、弁体が動きやすくなっていたところ、他のポンプの起動時に弁体の着座位置がずれて逆回転したものと推定された。被控訴人では、弁体等を新品と交換するとともに、今後の当座箇所の点検方法、点検頻度などの見直しを行うこととした(《証拠略》により認められる。)。

控訴人らは、同事象が部品の締め付け不良という単純な人為ミスによって計算外のトラブルに進展したものであり、今後も同様の事故が安全上重要な箇所において次々に起きる可能性がある旨主張する。

確かに、今後も同様の人為ミスによるトラブルが発生する可能性を否定することはできないが、本件事象に関していえば、被控訴人のトラブル発生の認識の過程とこれに対する対応(事後の対応を含む。)の内容等に特に問題点は認められず、これが直ちに原子力発電所運転上の具体的な危険性に結び付く事象とはいえない。

(三) 起動領域モニタ計数率高高信号による自動停止事象(新事象<3>)

平成六年一二月一一日、二号機の試運転中、定期試験手順書(マニュアル)に従って起動領域モニタの機能試験を実施し、その過程で、起動領域モニタ計数率高トリップA3バイパススイッチを手順書に従って「バイパス」位置から「使用」位置に切り替えたところ、同モニタ計数率高高信号が発信して原子炉が自動停止した。同バイパススイッチは、その機能からして、本来、原子炉停止余裕検査時等以外は「バイパス」位置にあるべきところを誤って「使用」位置に切り替えたための事象であり、手順書の記載自体にも不備があったものである。被控訴人では、当該箇所の手順書を改めるとともに、定期試験手順書の内容を全部チェックし(問題のないことを確認した。)、さらに、念のため、その他の運転手順書についても、計画的に、内容が適切であるかどうかを確認することにした(《証拠略》により認められる。)。

控訴人らは、同事象から、運転管理体制の根幹をなす運転マニュアル自体に不適切な部分が潜んでいること、マニュアルの作成・検討における何重ものチェック体制が共倒れを来していたこと、よく訓練されたはずの現場の運転員もマニュアルの不備に気付かないでいることが明らかになった旨主張する。

確かに、一般的には、運転マニュアルという客観的・継続的な安全操作を確保・担保するための指針となるべきものの内容に明らかな誤りがあるといった事態は、多重防護が確保されている状況下を前提としても、なお、軽視し難い問題というべきである。しかし、本件でのマニュアルの誤りは、中間領域(原子炉中間出力領域)における基本的スクラム条件である「原子炉周期短」(原子炉出力の上昇が急激であることを表す。)信号に関するものではなく、更に安全度を高めるために中性子源領域(原子炉起動時の極低出力領域)において付加的に設定しているスクラム条件に関して生じたものであり、しかも、言わば安全側に(スクラムが掛かる方向に)誤操作が生じたケースであって、直ちに、本件原子力発電所の運転マニュアル全体の信頼性を覆すべきものであったと解するのは相当とはいえない。また、被控訴人は、前示のとおり、同事象後、他のマニュアルについても、全般的な見直しを行っているところであって、控訴人ら指摘のように、被控訴人が同事象の問題性を軽視しているとは認め難い。

(四) 一次冷却水漏洩による手動停止事象(新事象<4>)

平成七年一二月二四日午後六時一五分ころ、定格出力で運転していた二号機において、タービン建屋地下一階の湿分分離加熱器第二段加熱器ドレンタンクの高水位調節弁付近から一次冷却水が漏れているのが巡視中の発電所員によって発見されたため、同調節弁の点検を行うべく原子炉を手動停止した。調査の結果、同調節弁は、組立時のフランジボルトの締付トルク(回転力)が不足しており、その後の運転によりガスケットの応力緩和(締付荷重の時間の経過による減少)が進行し、そのシール性がほぼ失われた状態になり、漏洩が発生したものと推定された。被控訴人では、当該調節弁についての規定の締め付けを行うとともに、他の類似弁についても分解点検を行い、その健全性を確認し、これを契機に、今後、同様の弁の新設・取替えに際しては、締付トルク値が基準値を満足していることの確認と記録作成を徹底することにした(《証拠略》により認められる。)。

控訴人らは、同事象の発生場所が放射線管理区域内のため、二週間に一度しか定期巡視がされない箇所であり、そのため、一〇ベクレル/立方センチメートルの放射能濃度の一次冷却水が最大約〇・九トン漏れたと推定され、点検体制の限界を示すとともに、ボルトの締め付け不十分という製造過程での単純な作業ミスが何重ものチェックをかいくぐって事故を招来するという工事及びチェック体制の信頼性のなさを端的に表した事故である旨主張する。

確かに、同事象も、前示の新事象<2>で説示したところとほぼ同様の問題性を含むケースであり、本来、被控訴人においては、このような単純な作業ミスの発生を極力少なくするための方策を更に真剣に検討すべきものであり、仮に、かかるミス自体を完全にはなくせないとしても、少なくとも、チェック体制の実質的な充実を図る責務があるといわなければならない。しかし、同事象の場合も、被控訴人のトラブル発生の認識の過程とこれに対する対応の内容等に特に問題点は認められず、これが直ちに原子力発電所運転上の具体的な危険性に結びつく事象とはいえない。

(五) 原子炉格納容器の圧力上昇に伴う手動停止事象(新事象<5>)

平成八年四月二四日午前六時一〇分ころ、定格出力で運転していた一号機において、「常時補給用窒素圧力低」及び「N2ガス空気切替弁動作」の警報が発生した。運転員が運転パラメータを確認したところ、原子炉格納容器内の圧力が緩やかに上昇していたため、同容器内の弁駆動用ガスの漏洩があるものと判断され、原因調査のため、同日午後二時三〇分、原子炉を手動停止した。調査の結果、原子炉格納容器の内側にある主蒸気隔離弁のパイロット弁の一つのエアピストン側ポペットシールの一部に欠損が生じ、当該シールの性能が損なわれ、弁駆動用ガスの漏洩に至ったと認められ、また、この欠損は、右ポペットシールが製造段階での融合不足による欠陥が存在した状態で装着され、使用状態における弁駆動用窒素圧力が作用することで、その欠陥先端部で引張応力(引張外力に対抗して物体内に生ずる力の作用)が発生して生じたものと推定された。被控訴人では、右箇所のシールにつき、従来の肉眼検査より精密度の高い拡大鏡検査で異常のないことを確認したものに交換し、その他の主蒸気隔離弁についても同様の新品のシールに交換した(《証拠略》により認められる。)。

控訴人らは、同事象も、製造段階でのミスが何重ものチェックで見つけられずに運転中に破損し、重要な弁を機能不全に陥れることが起こり得ることを示した旨主張する。

確かに、この場合でも、当該ポペットシールの欠陥がさして複雑かつ特異な経過をたどって生じたとも思われないのに、結局、かかる欠陥の生ずる可能性を事前に把握し得なかった被控訴人のチェック体制には、一般的に問題がないとはいえず、更に徹底した体制の整備・改善が図られるべきである。しかし、同事象に関していえば、やはり、被控訴人のトラブル発生の認識の過程とこれに対する対応の内容等に特に問題点は認められず、これが直ちに原子力発電所運転上の具体的な危険性に結びつく事象とはいえない。

(六) 給水ドレン弁からの給水漏れによる手動停止事象(新事象<6>)

平成一〇年一月以降定期検査を実施していた二号機において、同年三月五日午前一時、原子炉を起動し、昇温・昇圧をしていた際、運転員が中央制御室の指示計により給水ヘッダの圧力低下を認知したので、現場を点検したところ、通常は流れのない給水配管ドレンラインを通じて給水の一部が復水器側へ流れていることが確認されたため、原因を究明すべく、同日午後六時三〇分、原子炉を手動停止した。調査の結果、ドレン弁及び水抜き弁シート部に減肉が生じたことから給水の一部が流れたものと判明し、その減肉は、第一回の定期検査時に、原子炉起動前の水張りを行い両弁の閉操作をした際、両弁とも微小な異物をかみ込んだ状態になり、弁のシート部の能力が低下し、その後の原子炉起動の昇温・昇圧によって、両弁から高温、高圧水が流れたことにより侵食が発生、進行したものと推定された。被控訴人では、当該両弁を新品に取り替えるとともに、今後は、当該両弁及びこれと類似する弁について、適時に洗浄を実施し、かつ、シート部からの通水の有無を確認することにした(《証拠略》により認められる。)。

控訴人らは、同事象について、特に、同一ラインの二つの弁の双方が共通モードで異状を生じた点で問題が大きく、多重防護の破綻が現実化したケースである旨主張する。

確かに、前示のとおり、同事象では、複数の別個の弁が共通の原因で不具合を生じたと推定されている。しかし、複数の別個に作動すべき機器が同時に、若しくは、同一の原因で不具合を生ずる一般的な可能性は否定できないとしても、そのことによってもたらされる原子力発電所運転上の危険性の程度は、個別の事案ごとに考察すべきである。前示の事実によれば、被控訴人主張のとおり、同事象の場合には、基本的に多重防護体制が働いたケースというべく、したがって、また、同事象をもって、直ちに多重防護体制一般の信頼性に疑問が生じたと解するのも相当とはいえない。

なお、《証拠略》によれば、原子炉や配管内の水質は、ステンレス綱の採用、酸素注入、各種浄化系の設置などにより、さび等の異物が生じ、それが運転上の危険につながらないよう、基本的には、適切に管理されていることが認められる。

二  他の原子力発電所等原子力関連施設におけるトラブル

1 平成七年一二月八日の夜、動力炉・核燃料開発事業団(以下「動燃」という。)の高速増殖炉「もんじゅ」において、二次主冷却系配管の温度計さや管の破損部分からナトリウム約〇・七トンが漏えいし、予想を大幅に超える高熱となったナトリウムによって右漏えい箇所直下の換気用ダクトや作業用グレーチングが破損・溶融し、右破損したダクト部分からナトリウム・エアロゾルが他室や外部に拡散するなどの事故が発生した(《証拠略》により認められる。以下「もんじゅ事故」という。)。

右事故の問題性について、控訴人らは、大要、「<1> 安全審査における解析条件(ナトリウム漏れの態様と発熱反応等)の不十分性、少なくとも「大は小を兼ねる」の考えの危険性が顕在化した(ナトリウムが少量ずつ漏れ落ちる方がはるかに高温になる事態を全く想定していなかった。)ケースであり、しかも、この見込み違いによる危険は重大であった(余りの高熱のため、下部の綱鉄製の床ライナにも若干のくぼみが生じた。仮に、床ライナが貫通すると、ナトリウムがその下のコンクリート中の水素と反応し爆発を起こしかねなかった。)。<2> 背景に、多重防護思想に反する経済性優先による危険要素の無視がある(二次系ナトリウム関係室は、窒素充填をせず、安全審査でも当然のこととして検討対象にもならなかった。)。<3> 異常事態への対応(確認・消火)の体制が不十分である。<4> 設備配置上の不適切(ナトリウム配管の直下に換気用ダクトを配置)から、他設備の破損と有害物質の拡散を引き起こした。<5> 温度計さや管の設計ミスは、従来の同種事故の教訓を生かせず、基本的な流体力学を無視したもので、外国の基準の読み違えもあり、かかる重大な問題性をメーカーも動燃もチェックできず、詳細設計の部類に属するため、安全審査の関係では対象外という問題も浮かび上がった(なお、対応マニュアルや設備配置などについても同じ問題がある。)。しかも、その破損原因からして、当該さや管のみが特に弱かったというわけではなく、多数の同種設備が同時に破損を招くという危険すらあった。<6> 真に第三者的な事故調査委員会等が存在しないため、徹底した原因究明、根本的な再発防止対策が望めない。」などの点を指摘する。

2 また、平成九年三月一一日の日中、動燃東海再処理工場のアスファルト固化施設内で、ドラム缶に詰められた放射性廃液とアスファルトの混合物(従来より廃液の割合を多くして処理効率を高めようとしたもの)から火災が生じ、いったん消火されたかに見えたものの、約一〇時間後に突然爆発が起こって施設の屋根や扉などが破壊され、放射性物質が環境中に放出される事故が発生した(《証拠略》により認められる。以下「東海事故」という。)。

右事故の問題性について、控訴人らは、大要、「<1> 安全審査において、十分な事故想定がなく、対処方法についても、「適切な対応を取ることになっている」程度のことで、具体的な裏付け資料や説明がないままパスされており、安全審査や多重防護の思想に沿って機能していないことを露呈した。<2> 基本設計どおりに施工されず、審査のないまま設計変更されるという問題を含んでいる。<3> 未解明部分・条件の安全性の検討・確認をせず、経済性や経済上の必要性のみを優先する意識に支配されており、また、初めての実験的な計画にもかかわらず、現場の一部の考えだけで実施されている。<4> 異常な状態の評価を軽視し、危険の拡大を招いてしまうという従前の原子力発電所事故と同じパターンである。<5> 事故時を想定した現場での機能的な設備・対応の検討が著しく不十分である。具体的な対応訓練、防災対策が実施されないと、多数の見落とし、不備が残存することになる。<6> 正規の職員と下請作業員との間で意思の疎通が図られず、作業が他人まかせになり、結局、危険を自ら若しくは協同で防ごうという意識が失われ、重大な不備・欠陥を生じてしまう。」などの点を指摘する。

3 これに対し、被控訴人は、もんじゅ事故や東海事故は、事故が生じた施設が本件原子力発電所と基本的に構造等を異にし、また、控訴人らの各指摘はいずれも本件原子力発電所の具体的な危険性を述べるものではないとして、これらの事故と本件原子力発電所の運転とは無関係である旨主張する。

確かに、法律的にいえば、被控訴人が主張するとおり、もんじゅ事故や東海事故の内容や原因(もっとも、特に東海事故については、現時点でも、未解明の部分が多い。)、これに関連する安全審査の在り方や施設関係者の対応の仕方等が直接本件原子力発電所の運転上の危険性の有無を左右する事柄とはいい難い。

しかしながら、控訴人らが右の各事故の問題性として指摘するところは、その強調の度合い等はともかくとして、基本的にはいずれも的を射ているものということができるのであって、被控訴人においても、かかる各事故の問題性について、単に「関係がない」との意識にとどまり、あるいは、せいぜい「国側から何か指示があれば対応する」というレベルではなくて、自ら、右各事故の中から可能な限り多くの教訓を読み取ろうとする努力と姿勢が必要であるといわなければならない。

三  原子力発電所トラブルについての総合的な評価

従前の原子力発電所に関するトラブルの内容及び問題点の有無は、大要、原判決説示(原判決四〇三頁一行目から五四二頁一行目まで)及び右説示のとおりである。

これらのトラブルが本件原子力発電所の安全性評価に与える影響についてみるに、まず、本件原子力発電所自体の従前のトラブルの関係では、その頻度・内容等にかんがみ、設計・建設・運転を通じての設備・部品の不具合について、個々の場面において、必ずしもそのチェックのためのシステムと関係者の意識が徹底しているとはいい難い場合が散見されるものの、それ自体が直ちに原子力発電所の運転全体の具体的な危険性につながり得るものとはいまだいうことができない。もっとも、個々の設備・部品の不具合の問題とは別に、特に、実際にトラブルが生じた場合の対応の仕方について、徹底して安全側に立った視点に欠ける運転状況のあることがうかがわれ(前示ダイヤフラム損傷事象時及び新事象<1>時における運転)、少なからぬ問題を残しているというべきである。この点は、後に原子力発電所の必要性との関連で再述するが、被控訴人としては、原子力発電所の事故が極めて深刻な事態をも招くものであることに思いをいたし、より安全に徹した運転方法を心掛けるべきである。

次に、他の原子力発電所関係施設におけるトラブルの関係では、チェルノブイル(チェルノブイリ)事故のような深刻な結果を招いた例をはじめとして、多々重要な教訓を含むものが少なくない。しかし、これらのトラブルについても、総体として、直ちに本件原子力発電所運転の具体的な危険性に結びつく要素があるとはいえない。

第五  原子力発電所の必要性及び関連事情について

一  原子力発電所の必要性

《証拠略》によれば、原審口頭弁論終結後の原子力発電所の必要性に関する事情は、大要、次のとおりであると認められる。

1 我が国の使用電力量は、全国的にみても、また、被控訴人の供給に係る分についてみても、なお継続的に増加傾向にあり、被控訴人の策定する供給計画における電力需要の年平均増加率も、平成九年度計画(平成七年度から平成一八年度までの分)では、一・九パーセントと想定しており、同計画中の八月最大電力需要は、平成一二年度が一三五五万キロワット、平成一五年度が一四二一万キロワット、平成一八年度が一四八七万キロワットと見込まれている。かかる電力需要の増加傾向を、国民多数の理解を得てここ数年のうちに押し止め、更に減少に転じさせることは、省エネルギー政策等が実施されているにもかかわらず、現時点での社会状勢や国民の生活状況をみる限りは、いわゆるピーク・カット(真夏期における最大電力需要の削減)のレベルに限局しても、多大の困難性を伴うとみられる。

2 被控訴人の平成八年度の電源構成実績は、概数で、水力一六パーセント、石炭火力一八パーセント、石油火力一二パーセント、ガス火力二七パーセント、原子力二四パーセント、地熱その他三パーセントとなっている。被控訴人は、このほか、風力発電、太陽光発電などの新エネルギー発電の開発をも手掛けているが、少なくとも、現在の段階で、原子力発電に取って代われるほどに、電源構成中のパーセンテージを短期間で飛躍的に増大させ得る発電方法は見いだせない状況にある。

3 被控訴人の前記供給計画による平成九年度の最大電力需要は一二八〇万キロワットであるが、被控訴人の同時期の供給力は一四〇九万キロワットであり、これから本件原子力発電所一、二号機の供給量(一二九万四〇〇〇キロワット)を差し引くと、同時期においては、いわゆる供給予備力が全くないということになる。

以上のとおり、原子力発電所の必要性を取り巻く状勢は、原審口頭弁論終結後も、少なくとも、原子力発電所による発電の必要性を否定ないし著しく減ずる方向へ働いているとは認め難い。

ところで、原子力発電所の必要性・経済性と危険性の兼ね合いについて付言するに、右にみたように、少なくとも、現時点において、原子力発電所による一定の電力供給力の確保という必要性は否定できないが、さればといって、原子力発電所の運転上具体的な危険が生ずることも許されない。したがって、原子力発電所の必要性と安全性の確保は、いずれも否定することができない前提条件と考えられるのであるから、原子力発電所の運転に関しては、必然的に、経済性の要請は後退せざるを得ないというべきである。そうすると、程度問題ではあるが、原子力発電所を運転する側で、経済性を優先させる余り、稼働率を重視することがあれば、それは問題といわなければならず(なお、これに関連するが、原子力発電所がスクラム等で停止した場合でも、厳密にいえば、停止したこと自体が問題なのではなく、どのような原因で停止したのか、また、停止までの経過がどうであったのかが重要なのであり、原子力発電所を運転する側において、原子力発電所を停止すること自体にちゅうちょしたり、後ろめたさを感じたりすべきではなく、その経過と原因を徹底的に究明して事後の運転上の教訓にするとともに、できるだけ早い時期にその結果を必要かつ十分に開示して一般の理解を求めるべきである。)、他方、原子力発電所の運転を批判する側も、単に、経済性や能率性に劣るという理由だけで、いまこの時期において、直ちに原子力発電所の全廃を唱えるのも相当とはいい難い(もとより、個々の原子力発電所のうち、具体的な危険を生じている原子力発電所の優先的な廃止を求めることとは別問題である。)。

二  原子力発電所による社会的損失

控訴人らは、いわゆる核燃料サイクルがこれを機能させるための二本の柱である再処理工場と高速増殖炉の事故により破綻しており、また、仮に再処理を行ったとしても、処理後の高レベル廃棄物の処分方法について具体的な見通しは全くなく、これに伴って、本件原子力発電所でも、早晩、使用済燃料の処理に行き詰まることは目に見えており、かかる事態を社会的に放置することは許されない旨主張する。

確かに、核燃料サイクルに関して、現在、控訴人ら指摘のような問題点が大きく浮上してきていることは否定し難く、長期的・将来的には、それが本件原子力発電所の運転に影響を及ぼす可能性があり、特に、廃棄物処理に関しては、高レベル廃棄物の処分の見通しが立たない状況が続けば、いきおい、本件原子力発電所をはじめとする各地の原子力発電所の使用済核燃料について、行き場のない状況が深刻化し、周辺住民の差止請求をまたずとも、実際上、原子力発電所が稼働を停止ないし縮小せざるを得ない事態も想定される。

しかし、かかる核燃料サイクルに関する問題は、少なくとも、当面の全体原子力発電所の運転状況に影響を及ぼす事柄とはいえず、したがって、本訴における判断、すなわち、現時点において控訴人らに本件原子力発電所の運転の差止めを求める権利があるかどうかの点を左右するものとはいい難い。この点の問題性への対処は、原子力発電所の必要性と国民一人一人の子孫に残す環境を含めた現在及び将来における生活の在り方を見すえた上での社会的な決断と選択にゆだねざるを得ないというべきである。

第六  本件差止請求の結論的な当否について

以上検討したところを総合すると、本件原子力発電所については、現時点において、一定の運転の必要性が認められる一方、これによって、控訴人らに被害をもたらす具体的な危険性があるとは認め難く、したがって、本訴請求は理由がない。

ちなみに、右判断は、飽くまでも、現時点における差止請求権の存否についてのものであり、今後の本件原子力発電所及び他の原子力発電所等における運転状況ないしトラブル発生の状況、原子力発電所の必要性をめぐる各種の状勢の変化(前示のとおり、原子力発電所の特殊性にかんがみ、原子力発電所の必要性自体が現在に比して著しく減少すれば、これを理由としてその建設・運転の差止めが認められる余地があると解される。)などにより、将来において、本件原子力発電所の長期的ないし一般的な差止め(仮処分を含む。)を肯定すべき事態が生ずるかどうかは、別個の事柄というべきである。

第七  結論

よって、原判決は相当であり、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がなく、また、控訴人らの当審における新たな請求も同様に理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する(当審口頭弁論終結・平成一〇年七月三日)。

仙台高等裁判所第一民事部

(裁判長裁判官 武藤冬士己 裁判官 畑中英明 裁判官 若林辰繁)

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